昨日、30日はウーリ州のEggberge(エックベルケ)へ行って来た。
ベテランハイカーの夫もここは、初めて。
往復5時間ほどの行程。

Eggbergeインフォ(独)
先ずは、アルトドルフのフルエレンからエックベルク(1447m)へはゴンドラで。
先ずは、Biel-Chinzigを目指して。


Hu:nderegg(1874m)で、一休み。
50分ほど歩いたら・・・

清水で一杯。
お代は、左隅のハートのところに入れてね。
定価は、ありません。


Scha:rhorn(鋏の峰)と言う見た目どおりの名のついた山(3295m)。
2時間ほど歩いて丁度12時にレストラン・エーデルワイス(1720m)に到着。
洗濯物もははためいて・・・
本日のヒットメニュは・・・

Siedfleisch Salat。
ズィードフライシュとは、茹で牛肉のことでスーパーので売られているのとは別物。
美味しかった〜
茹で牛肉を囲んでいるのが、一番上から右回りに、ライス、紫キャベツ、黄パプリカ、人参、根セロリ、スイートコーン、キュウリのサラダ。
デザートには、メロン。
16.50CHF也。
スイス人って、野菜食べないんですか?って質問は無いと思います。
これから、Chinzig Chulumへ向かいます。

この画像では認識できないけれど、積雪の上には赤い砂塵が見える。
これは、サハラの砂塵なんだって。

頂上に到着(2073m)。
Suworowwegは、文字通り、アレグザンドル・スヴォロフがアルプス越えをしたルート。
Suworow(Wiki)

チャペルで、一休み。
先週もそうだったけど、土曜日のハイキングは空いててよろしい。
腰掛けたところから見えるRossstock(2461m)。

左からRossstock, Fulen, Kaiserstockで、ルツェルン市内からリギ山の方向を見ると遠くに見える3つの峰がコレ。
ルツェルン市内から見ると反対から見ることになるので、カイザーシュトック、フーレン、ロスシュトックの順に。
太陽サンサン
、風は涼しく、最高な天候でした
ベテランハイカーの夫もここは、初めて。
往復5時間ほどの行程。

Eggbergeインフォ(独)
先ずは、アルトドルフのフルエレンからエックベルク(1447m)へはゴンドラで。



Hu:nderegg(1874m)で、一休み。
50分ほど歩いたら・・・

お代は、左隅のハートのところに入れてね。
定価は、ありません。

途中、ハイカーのみなさま、腰掛けてシロップをご堪能ください。
そして、パワーアップして再びGO〜な看板が。
そして、パワーアップして再びGO〜な看板が。

Scha:rhorn(鋏の峰)と言う見た目どおりの名のついた山(3295m)。

洗濯物もははためいて・・・
本日のヒットメニュは・・・

Siedfleisch Salat。
ズィードフライシュとは、茹で牛肉のことでスーパーので売られているのとは別物。
美味しかった〜
茹で牛肉を囲んでいるのが、一番上から右回りに、ライス、紫キャベツ、黄パプリカ、人参、根セロリ、スイートコーン、キュウリのサラダ。
デザートには、メロン。
16.50CHF也。
スイス人って、野菜食べないんですか?って質問は無いと思います。


この画像では認識できないけれど、積雪の上には赤い砂塵が見える。
これは、サハラの砂塵なんだって。

頂上に到着(2073m)。
Suworowwegは、文字通り、アレグザンドル・スヴォロフがアルプス越えをしたルート。
Suworow(Wiki)

チャペルで、一休み。
先週もそうだったけど、土曜日のハイキングは空いててよろしい。


左からRossstock, Fulen, Kaiserstockで、ルツェルン市内からリギ山の方向を見ると遠くに見える3つの峰がコレ。
ルツェルン市内から見ると反対から見ることになるので、カイザーシュトック、フーレン、ロスシュトックの順に。
太陽サンサン


今日のお天気


今日も応援(*^^)/。・:*:・°★,。・:*:・°☆ありがと〜





タグ:トレッキング
もう2,000m級の峠まで歩けるんですね。ここは我が家もいつか歩いてみたいと思っているコースです。残雪が綺麗で最高ですね。キンツィッヒ峠から更に先へ進んでムオタタールに下る道がスヴォーロフ将軍の通ったルートでしょうか?
んま〜 びっくり。
お久しぶりです。お元気でらっしゃいましたか?
エックベルケ自体、夫も私も初めて行くところでしたから、夫は良く知っている話でも、私にとってはスヴォロフは初めて知った歴史上人物ですわ(^。^;;
山歩きは、地理や草花、樹木、生物の勉強の他に歴史の勉強になりますね。
人生短いのに、学ぶべきことは山ほどあります。
ご存知の通り、スヴォロフヴェークは、1799年に隊を率いて戦いながら行軍した道のことです。
1799年オーストリア・ロシア連合軍司令官としてフランス革命軍を北イタリアで破り、その後スイス戦線に向かったんですねぇ。
9月下旬と言えばアルプスは冬ですから、ハードな行軍だったでしょう。
Chinzigパス越えをして、プラーゲルパス(1550m)、グラールス(472m)、パニクサールパス(2407m)に登って、10月には仏軍を振り切ってクールに入ったのです。
その後、ロシアに戻りました。
ホ〜ントッ、ブログを書くのも勉強になります。
私もかつてはスヴォーロフなんて知りませんでしたが、アンデルマット北の「悪魔の橋」の傍に建つ巨大なロシア語の記念碑を見て「何故にスイスにロシア軍が?」と不思議に思った次第です。欧州の歴史は複雑で、奥が深いですね。
そうそう。
確かに『悪魔の橋』と繋がります。
奥が深いですわ。